うどんこのお雑煮

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教育について② 教育の変遷と日本の教育

前回からの続き。
教育について① 教育の起源と種類 - うどんこのお雑煮
なんで日本ではトップダウン型の教育をしているのか、ということへの回答を考えたい。



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旭川学テ事件について

本筋に行く前にまず日本の教育史上で重要そうな事件を見つけたので言及する。1956年、旭川学テ事件という事件があったそうだ。
旭川学テ事件 - Wikipedia
戦後の学力調査は、元々は国ではなく地方自治体が行っていたそうだ。で、1956年に国が主体となって行うことになったのだが教師が反発。学力テストの妨害行為を行い、罪に問われた。1945年に終戦を迎え、生活が国のせいでボロボロにされたのに、その国が、たった10年後に「ヤアヤアちゃんと育っとるかね君たち」と来たのであって、まあイラッとくるのも分からんでもない。さてこの教師は妨害行為を行ったので建造物侵入罪に問われたまでは良いが、さて「公務執行妨害」に当たるのか?というのがこの事件の問いだ。まあ、現在の我々の感覚からすると普通に公務執行妨害でいいのでは、という感覚ではないだろうか。

西洋の教育の変遷

では本筋。前回は、教育にはトップダウン型とボトムアップ型があるよ~という話をした。今回はそれがどのような変遷を辿ったかを見ていく。現在の日本が西洋の教育手法を取り入れていることから、西洋の歴史を見ていく。
※TD↓(トップダウン型教育)、BU↑(ボトムアップ型教育)の略

時期 事件 教育内容 教育の主体
~5世紀 西ローマ滅亡前 キリスト教会が教義を教える 協会(TD↓)
5~10世紀 西ローマ滅亡後 滅亡の混乱の中で民間の徒弟制度による教育が行われる ギルド(BU↑)
12世紀 叙任権闘争 皇帝の正当性保護のためにボローニャにて法学研究が始まる 大学(BU↑)
14世紀 ルネッサンス ギリシャ哲学の流入キリスト教へのカウンター 大学(TD↓)
18世紀 フランス革命 啓蒙思想の流行 サロン(BU↑)
20世紀 世界大戦 ナショナリズムの発達 国家(TD↓)

物凄くざっくり、近代までの教育を俯瞰すると。
西ローマ帝国存命時、キリスト教が主体となって宗教ベースで教育していたが、これが滅びた後、混乱期に宗教ベースの教育というのが成り立たなくなり、民間の教育が発展する。人々はギルドと呼ばれる職能集団を形成し、徒弟制度で教育していた。これが拡大する形で大学になるが、元々がギルドなのでこれが自治的な空気を持つことになる。支配者層から独立した自由な内容を研究し、それがルネッサンスに繋がる。だが支配者層の権力拡大に伴い大学が徐々に支配者層に近づくに連れ腐敗、そのカウンターとしてアカデミーやサロン、つまり私塾が流行る。これが啓蒙思想フランス革命、ナポレオンの台頭と繋がり、圧倒的強さを見せつける。この「国民国家」のパワーに目をつけた国家が国民育成のために教育を行った。となる。

教育が時代の変遷に応じてトップダウン型とボトムアップ型に柔軟に変化していることがわかると思う。ただし、歴史の流れというのは未来の視点から見た我々が客観的にレッテルを貼っているだけであって、僕が思うに、その当時の人たちは、例えば、「今はボトムアップの時代だ!」とかいうことをあまり考えていなかったように思う。僕には、今現在どのような教育がベストなのかは決められない、と言ってよいように思える。

旭川学テ事件について②

旭川学テ事件は、今の我々ならあまり考えずに公務執行妨害罪、ということになるだろう。ただしこの時の裁判官は少し違った捉え方をした。つまり、もしこの事件を公務執行妨害罪だとすれば「教育が公務である」ということになる。それでいいんだっけ?と。そして、この裁判では「子供の教育を決定する権限は誰に属するのか」が問われた。この問いは、難しい。なるほど戦後の日本人は、敗戦後の絶望の中でもしっかり前を向いて考えていたのである。ここでの判決は

教育権の帰属問題は「国家の教育権」と「国民の教育権」のいずれの主張も全面的に採用できない(折衷説)

となった。トップダウン型の教育もボトムアップ型の教育も両方ともいいところも悪いところもあり、その両方を大事にしていこうという立場に感じられる。というわけで実は日本では、教育を国が行う、ということは明言されていないのである。また、このような問いは科学的に白黒つけるのが非常に難しいところではあるのだが、歴史的に見てそれほど筋が悪い回答とは僕は思わない。それに、他国がこの問いにどう解を出しているかが分からないが、う~んなんともこう、日本人らしい結論らしい結論でないところが僕は好きだ。

。。。ところでこの話は、子供に向かって「なんで君は学校へ行かないといけないか」を回答したい、というのが目的だったのだが、まだそれについて言及できていない。次回で考えていきたい。